還元主義 かんげんしゅぎ reductionism
 
還元主義という日本語の訳語には,根本的な原理にまで立ち戻るというニュアンスがあるが,元来英語の〈reduce〉は〈減らす〉という意味であって,原義はむしろそこにある。最も基本的には,自然における階層性を認めたとき,上位階層において成立する基本法則とそこに用いられる基本概念とは,必ずそれよりも一つ下位の階層において成立する基本法則および基本概念によって翻訳もしくは書換えが可能である,とする立場のことを言う。この立場を究極まで進めれば,この世界におけるすべての多様な現象は,最下位の階層(それが具体的に何であれ)の法則と概念で原理的には記述されうるという帰着を許すことになる。概念および法則の多様性を〈減らす〉という意味で〈reductionism〉という語が生まれるゆえんである。
 科学にあって,最下位の階層は一般に原子から素粒子へと移り変わってきたが,物理的な場面で言えば,量子力学の扱う微視的世界と古典力学の扱う巨視的な世界との間には,埋めえない理論的ギャップがあるとも考えられ,また,巨視的階層の事物を微視的階層に完全に還元することは,実際上不可能でもある。他方還元主義は,生命現象や心理現象の場面で独特の意味を帯びることがある。すべての生命現象(心理現象)は,単なる物質現象に〈還元〉できる,という表現は,還元主義についての上の一般的定義の範囲内にあるが,ここではむしろ〈“……にしかすぎない”主義“nothing‐but”ism〉とでも呼ぶべき強い主張が主題となっており,もっと粗っぽく言えば,〈非物質〉的な色合いを与えられて了解されている現象を,すべて物質の世界の原理のみで片づけよう,という積極的主張がそれであると見られる。今日の分子生物学は,生命現象について典型的に還元主義的立場をとっていると考えられ,当然議論は多い。                    村上 陽一郎
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